奇跡を信じて  NO13 田村が試合に出なかった理由

 大地は入院して一ヶ月になるが、唯一の楽しみは部屋のテレビで、ジャガーズを応援することである。ただし、大地の部屋は二人部屋のため、夜の8時までしか見られないのだ。そして、いつものように大地がテレビをつけると、何かが違っていた。
 
「ママ、タムが出ていないよ」と大地が言った。
「ほんとに?」とひとみが聞くと、
「ほんとに出てないもん」と言ったため、父の幸雄が、
「田村選手は、怪我で休んでいるんじゃないか?」と言った。
「タムが怪我をしたの? 大丈夫かな?」と大地が不安そうに言ったため、
「きっと、すぐに治るから大丈夫だよ」と幸雄が言った。
  
その時、面会時間ぎりぎりに、幸雄の弟、幸二が大地の見舞いへ来た。
「こんばんは、大地君。元気にしている?」と幸二が言うと、
「幸二君、わざわざ来てくれてありがとう」とひとみが言った。
「いえいえ、僕も暇にしていますので」と幸二が、少し笑って言うと、
「お前もいい加減、定職についたらどうだ? まだフリーターだろ」
と幸雄が言った。
「兄貴に会えば、その話ばかりだからな」と幸二は少し不満そうに言った。


幸二は私立の大学を出て就職をしたが、半年はもたず、その後いろいろなアルバイトについていた。今は、フリーカメラマンとして記事なども書いていると、母親から幸雄は聞いていた。
「今回はいつもよりギャラが良かったから、大地君にお土産を買って来たよ」
と幸二が言うと、
「ギャラって何?」と大地が聞いた。
「幸二! お前がそんな言葉を使うから」と幸雄が幸二に強く言うと、
「大地君、ギャラっていうのは......お金のこと。会社の人から、お金をもらったんだよ」と少し焦って幸二が言うと、


大地へ筆箱と鉛筆2ダースを渡した。
「来年、小学校で使ってね」と幸二が言うと、
「まだ十ヶ月、先だぞ」と幸雄は呆れて言ったが、
「ありがとう、幸二おじちゃん。あのね、幸二おじちゃんに見せたい物があるの」
と大地は言ったため、
「何?」と幸二が聞いた。
大地は、枕元に置いてある宝物を見せた。
「サインボール? 誰のサインボールなの?」と幸二が聞くと、
「タムからもらったの」と大地が言ったため、
「タムって誰?」と幸二が尋ねた。
「ジャガーズの田村選手のことだよ」と幸雄が言った。
「田村がここにも来たの?」と幸二が意味不明なことを言ったため、
「ここにもというのは、どう言う意味だ?」と幸雄が尋ねた。


幸二は、少し焦った様子で、
「いや、別に意味はないよ。大地君、義姉さん、又来ますから」
と言い、幸二が出て行こうとして振り返ると、
「兄貴、ちょっといいかな?」と幸二が言ったため、


幸雄は、幸二の後を追い病室を出た。
二人は、病室を出て、前の廊下を少し歩くと、
「さっきの話の件だけど、ジャガーズの田村の事で、ある噂を聞いたんだ」
と幸二が言ったため、
「何だ、言ってくれ」と幸雄が言った。
「話すよ。確か二週間くらい前、俺が偶然、この病院のロビーの辺りで、ジャガーズの田村を見かけたんだよ。サングラスもかけずに、背も高かったから、他の人達も恐らく田村に気付いていたと思うよ。そして、ある女性が俺に、
 (あの人は確か、ジャガーズの田村選手ですよね?)と言ったんだ。
俺は、まちがいないでしょうと断言した。すると、彼女は、
 (最近、よく小児病棟に来ているらしいですよ)と言ったため、
 (見ず知らずの子供達にわざわざ会いに来ているのですか?)と聞くと
 (最近、田村選手の人気も無くなってきているみたいだし、そのようにして人気回復でもねらっているのかしら)と言ったんだ。だから、さっき俺はそのように話したんだよ」と幸二は説明した。
 「ジャガーズの田村選手は、そんな人ではないよ」と幸雄が言うと、
 「何でそんな事が、兄貴に分かるんだ?」と幸二が言った。
 「彼は、大地に会いに来てくれたんだよ。お前が思っているような、気持ちは100%ないと信じているよ」と幸雄は言った。
 「じゃ、どうして大地君にだけ会いに来ているの?」と幸二が言ったため、


幸雄は、最初から幸二に話すことにした。それを聞いた幸二は、
 「兄貴、すまない、俺の早とちりで」
 「別に、お前がそんなに謝る必要はないだろう」と幸雄が言った。
 「いや、謝らなければならない事があるんだ。これを見てくれるか?」
と言い、幸二は手提げかばんより、写真週刊誌を取り出し、あるページを開けて、
幸雄に見せた。
 「この写真は.......まさか?」と幸雄が尋ねると、
 「ほんとうに申し訳ない。そんなことを知らずに、嘘のことまで書いてしまって」
 「お前は一体何ということをしてくれたんだ! 彼が試合に出ていない理由を、今、やっと理解ができたよ。まさか、お前がそんなことをしていたなんて、俺は情けないよ。もう二度と、こんなつまらない記事を書くんじゃないぞ!」
と幸雄が強く言った。


                                                                        つづく

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